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初めての資源経済学

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 魚は捕ったら売ってもうけなければいけません。だから生物学だけではなくって経済学的な考え方も必要になってきます。

どうやったら経済的に”良い”漁獲ができるんでしょうか。私は別に経済学の専門家というわけではありませんが、教養として知っておくことは大事かなと思うので、簡単に紹介します。

人間の行動パターン

経済学では、人間(漁師さんとか)は皆、合理的に行動すると考えます。合理的ってどういうことかというと、今漁に出たら損するとわかっているときには、漁に出ないし、得するとわかったら漁に出るという、まっとうなことを皆さんやってらっしゃるとみなすわけです。

経済学の教科書には「限界」という言葉がよく出てきます。これを使うと、上記の行動パタン(やるかやらないかの二択)だけで、いろいろな状況を説明することができます。
 漁師さんの限界費用と魚を買う人の限界支払意思額が一致したときに均衡価格と均衡需給量が決定される……なんていう風に使われます。これを日本語訳すると大体以下のようになります。

もしもこれ以上値段が下がってしまうと漁に出ても得できなくなってしまうよという金額(限界費用)が漁師さんにはあって、これよりも値段が高ければ魚を獲って売るし、安ければ獲りに行きません。
 値段が高いと儲かるから、漁師さんはたくさん魚を獲ります。逆に安いと儲からないから、魚をあまりとらなくなります。漁師さんは合理的なんですね。これを「限界」という言葉を使って経済学的な言い方に翻訳すると次のようになります。
 魚を1kgとるのには1万円かかります。さらに1kgを余分にとるには、もっと広い範囲で操業しないといけないので、こんどは2万円追加でかかります。もう1kg余分に獲るためには立派な網が必要なので、3万円追加でお金がかかります。これが漁師さんの限界費用です。
  ここで、市場ではその魚が1kgで2万5千円の値がついていたとします。この時、1kg目は1万円以上ならとって売りに出すのが最善なので、1kg漁獲は ガチです。2kg目も、2万円以上で売れるなら儲けられるので、やっぱり漁獲します。でも3kg目は3万円以上の値がついていないと獲りに行っても損をし てしまうだけです。市場価格はたったの2万5千円。だからこの漁師さんは2kgだけ漁獲して、市場に魚を供給します。値段が安ければあまり漁獲しなくて、 値段が高ければたくさん獲るというメカニズムは、「限界」という言葉を用いることによって、こんな風に表せるんですね。

一 方、魚を買う人にも、これ以上値段が高くなると絶対買わないっていう金額(限界支払意思額)があります。たとえば、魚一尾を購入する際の限界支払意思額が 1000円、二尾目を購入する際の限界支払意思額が800円。三尾目を購入する際の限界支払意思額が600円だったとします。で、スーパーには一尾700 円で売られていたとします。この時、一尾目は1000円以下なら購入っていう風にこの人は決めているから、即買い。二尾目も、800円以下なら買っていい と思っているから二尾目も買い。でも三尾目は、600円以下なら買うんだけど、店頭価格は700円だから買わない、と判断します。だから結局、安ければた くさん買うし、高ければあんまり買わないという合理的な(というかマトモな)判断をすることになります。
 こんな風に「一尾目はいくら以下なら買って、二尾目は……」なんて言う風には考えずに「あ、安いからたくさん買おうっと」っていう風にふつう決めると思いますが、これが経済学的なやり方です。

以上の理屈から、値段が高いと漁師さんはたくさん売って、けれども買い手はあまり買わなくなる。値段が下がるとその正反対のことが起こる。だから、漁師さんの限界費用と魚を買う人の限界支払意思額が一致したときに均衡価格(魚の値段)と均衡需給量(魚の取引量)が決まる、という話でした。需要と供給というどこかで聞いたことがある関係は、こういう理屈で成り立っていたんですね。


経済学の目標 

 経済学的には、人間は皆、合理的に動いてるわけです。一人一人がちゃんと考えて行動している状況下で、経済学が口を突っ込む余地は一体どこにあるんでしょうか。

 資源経済学や環境経済学が主に取り組む課題は「皆が合理的に動いた結果、皆がそろって悲惨な状況になってしまう」という事態を防ぐことです。こういう事態は市場の失敗と呼ばれるようです。
  市場の失敗として超がつくほど有名なのが共有地の悲劇。魚を獲ると儲かる→皆が獲る→海に魚がいなくなる→みんな破滅、という話です。共有地の悲劇以外に もにもいろいろあって、たとえば、工場で煙をモクモク出しながら製品を作る→空気をきれいにする機械は値段が高いから買わない→どんどん空気が汚くなる→ みんな肺炎になっちゃって、医療費がものすごくかかる……など。

 ここで「煙をたくさん出すなんて、倫理的によくない」なんて正義論を振りかざすのではなくって、「みんなが合理的に行動する」という特徴を逆にうまく活用して、こういう悪い状況を回避しようと考えるのが経済学な発想ではないかなと思います。
 

経済学的な”悪い”状態 

 市場の失敗を防ぐために、まずは「失敗」とはどういう状態かを定義する必要があります。
 経済学では市場がパレート効率的かパレート非効率かで良い・悪いを定義します。

 パレート非効率な状態とは、パレート改善をする余地が残っている状態のことを指します。
 パレート改善とは「誰の損も誘発しないで、誰かの利益を増やすこと」として定義されます。
  たとえば魚を二尾持っていて、AさんBさんにそれをプレゼントしてあげようと考えたとします。いまはまだ誰にも魚を上げてません。だから「誰かに無償で魚 をプレゼントする余地が残っている→パレート改善の余地が残っている」という状況です。だからこの状態はパレート非効率です。
 ここでAさんBさんに一尾ずつ魚をプレゼントしたとします。すると、AさんもBさんも誰も損せずに、彼らの利益を増やすことができました。これがパレート改善です。
 さ かなをあげちゃったので、もう何も持ってません。だからこれいじょう無償で何かをプレゼントしてあげることはできません。Aさんの魚の量を増やそうと思っ たら、Bさんから魚を奪わないといけない。これではBさんは損をしてしまいます。すなわち、誰の損も誘発しないで、誰かの利益を増やすことはできません。 だからこれ以上のパレート改善は不可能です。ということで、こういう状況はパレート効率的と言います。こういう状況を目指した方が良いですね。

 でも、パレート効率性には問題があります。たとえばAさんに二尾魚を上げて、Bさんには一 尾も上げなかったとします。これは結構不公平ですよね。でも、Bさんは少なくとも「損」はしていない。だから、Aさんにだけ魚を上げるという行為もパレー ト改善です。また、Aさんが二尾持っていてBさんは無しという状態はパレート効率的です。なぜかというと、Bさんの利益を増やすためにはAさんから魚を奪 う(Aさんに損をさせる)必要があるからです。これ以上パレート改善はできない。だからこの不公平な状態もパレートの意味では効率的となってしまいます。

 だからパレート効率性は”良い”を定めることはできません。
  でも格差があることが悪いことだというのは何となく理解できても、じゃあお金持ちを全員丸裸にしてお金を全部税金として納めてそれを貧しい人に分配しま しょう、という政策が正しいのかは疑問が残ります。こういう倫理学的にややこしい話を無視して経済学的によい悪いを考えると、こういう単純な定義になって しまったようです。

 パレート効率性は”良い”を定めることはできません。でもパレート非効率な状態が悪いと言い切ることはできます。だって得する余地があるのに無視してしまっているんですから。パレート非効率な状態にならないようにすれば、悲惨な市場の失敗は防げるかもしれません。

環境問題と外部性の内部化

  では、環境問題における市場の失敗(パレート非効率な状態)を、どうやってパレート効率的な状態に持っていくのでしょうか。その手法の一つが「外部性の内部化」です。

 外部性について説明します。市場の失敗が生じるような外部性のことを技術的外部性と呼ぶようですが、主にそれについて説明します。
 たとえば、先ほど例として挙げたように、煙をモクモクと出しまくっている会社のことを考えます。この会社は煙を出しまくることによってたくさん製品を 作って儲けることができます。でも、煙のせいで従業員は病気になってしまって、結局医療費がたくさんかかってしまうことになったとします。このとき、煙を 出して儲けるというのが、その会社にとっての「内部」で、外に放出した煙を吸って病気になっちゃうというのが「外部」です。

 内部化について説明します。こ れはすごく単純で、病気の治療費(損失)を企業の収益の中に入れてしまうということです。要するに、企業の儲けと病気の治療費を今まで別会計で扱っていた のを、両方まとめてしまうということです。すると、あまりにも煙を出しすぎると治療費のほうが高くなってしまうから煙を出さないようにしようかと「合理的 な」会社は思うはずです(合理的な会社は自分の利益を高めようとするはずだから)。こうなれば、問題解決です。

 でも、実際はこんな簡単に内部化できるわけはありません。そこで「環境税」という発想が登場します。
 環境税とは、ニュースでおなじみの炭素税とかああいうやつのことです。病気の治療費をいちいち求めてそれを会社の儲けと同じ会計上で扱うなんて面倒くさ いことをしなくても、はじめから「煙を出すとお金がかかる」という規則を会社に与えておけば「合理的な」会社は自社の儲けを最大にするために煙の排出量を 少なくするはずです。
 煙を出す量が少なければ結局は工場の人たちも病気にならないで得をすることができます。もちろん近隣に住んでいる人たちも病気にならなくて済みます。みんながハッピーになれば、パレート改善できたということになります。
 もちろん税金を支払う必要があるのだから会社は損します。そのうえ、会社はその損失分を補てんしようと製品の値段を上げるはずです。だから結局は消費者 も金銭的には損をします。その損を補って余りあるほど公害のリスクが軽減されたというのがパレート改善になるための条件だとは思います。

水産の問題とIQ制度

 水産においても外部性の問題はあります。

  真っ先に思いつくのは共有地の悲劇です。みんなが魚を取りすぎると海に魚がいなくなって全員破滅するとい うあれですね。でも、いまは一応TACという制度があります。これは Total Allowable Catchの略で、許容漁獲量と訳されます。獲っても良い漁獲量の最大値です。これ以上はとってはいけないよというのが決まっているんですね。そのうえ、決めら れた人たち以外は漁をしてはいけないという入口規制も別にかけられているため、すぐには破滅することはないと思います。ただし、このTACにも問題はい ろいろとあるので絶対安心というわけではないかもしれませんが。

 これ以外にも重要な問題があります。魚の先獲り競争の問題です。
 先ほど言ったようにとっても良い漁獲量の限度は定まっているのでした。だからぼーっとしていると、ほかの漁師さんたちに魚を全部獲られてしまいます。こ れは困るということで、なるべくみんな早くに漁獲しようとします。すると燃料費はかかるし新しい船がいるかもしれないということで設備投資にお金がかか る。おまけに、ほかの人が立派な船に替えたら、おたおたしてると自分のとりぶんがなくなってしまいます。それは嫌だということでまた自分の漁具を改良し て、燃料もたくさん使って……という先獲り競争が延々続いてしまいます。
 これはTACという状況で漁師さんが合理的に行動すると引き起こされてしまう大きな問題点です。みんな儲けたいという合理的な行動をしているはずなのに、共倒れになってしまう。

 そこで登場するのがIQ制度です。これはIndividual Quotaの略で個別割り当て制度と訳されます。こ れは何かというと、漁師さん一人一人にあらかじめ獲っても良い量を配分するというやり方です。こうすることでぼーっとしていても自分のとりぶんが減ってし まうことはありません。もちろんずっとぼーとされていては困るんですが、実際は漁師さんたちは自分たちの儲けが高くなるように行動するはずなので、漁に出 ます。そのとき、市場の動向を見て高く売れそうなタイミングを選んだり、あるいは質の良い魚を獲る努力をして儲けようとするはずです。こうすることで、漁 師さんは不要な設備投資をしなくて済むし、消費者側も質の良い魚が食べられるようになるかもしれません。
 IQ制度をさらに発展させたものでITQというのもあります。文献[1]に詳しく乗っているのでご参照ください。
 もちろんIQ・ITQにしたら問題はすべて解決という簡単な話ではなくって根強い反対意見もたくさんあります。今回はそういう話には深入りせずに、資源 経済学の考え方「みんなは合理的に行動する」「でも市場の失敗が起こって、合理的に行動してたはずが共倒れになっちゃうこともある」「それを解決するのが 経済学」という雰囲気をつかんでいただければ幸いです。

 



参考文献
 [1] 勝川俊雄公式サイト http://katukawa.com/  カテゴリー ITQが参考になります。
  [2]  河田幸視 : 生物資源の経済学入門
(限界の話は経済学の入門書なら大概載ってます。これがわからないと資源経済学の本が読みにくいかも)

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